ギャンブル依存 回顧回復録

ギャンブル依存の回顧と回復の備忘録ですね

Myギャンブル史⑦

フリーター生活中にジワジワ借金(消費者金融)は増えていきました。
この辺の細かいことは、正直、記憶が定かではないのですが、
1件目が限度額(たしか50万)まで達したので、
2件目の契約に走ったのが、この時期だったはず。

2年ほどのフリーター生活の後に、
なんとか就職にこぎつけます。
契約社員1年を経て、2年目からは正社員に。
フリーターと比べたら安定した収入を確保でき、
仕事も忙しくて競馬をやる時間もあまりなく、
ということで少し回復した時期です。

が、それも束の間、その職場には
ギャンブル好きが多数おり、
自分もギャンブル好きなことが知れてからは、
誘い誘われで、どっぷり元通り。

仕事の忙しさから、予想に時間をかけられない葛藤から導き出した答えが、
地方競馬に手を出すこと。←はい、答えになってませんねwww
手始めに園田競馬をやり始めました。
今思えば、この「地方競馬に手を出したこと」が、
転がり落ちるきっかけだったように思います。
JRA限定のときは、ウズウズしても兎に角土日までガマン!だったのが、
その気になれば毎日できる、
なんなら仕事中にも(もちろんバレないように)できる、
ナイターがあれば仕事終わってからでもできる、
てな環境に身を投じた訳なので、、、

地方競馬は初めこそ調子良く過ごせてましたが、
本格的にあちこちの競馬場に手を出すようになってからは、
もうズルズル、、、
あっという間にパンク状態になって、
首が回らない状況になり、
親に泣きつきましたね。
「競馬で」というのは、ほぼバレてたと思いますが、
「競馬をやめろ」という流れになるのがイヤで、
「株に手を出して大損した」とウソつきました。
典型的なギャンブル依存のパターンですよね。
まあ結局、月々返済する約束で金を用立ててもらい、
初回のパンクは脱しました。

パンクを脱しただけで、根本的なことは何も変わってなかったので、
再び同じような過程をたどっていくわけですが、、、

Myギャンブル史⑥

大学生活の後半は、
それまでのツケがまわってきて
卒業単位を取ることに必死にならざるを得ず、
就活なんてできる状況にもなく、
なんとか卒業はしたものの、
フリーターとなります。

この時期に、パソコンが普及し始めたことも相まって、
自分の予想スタイルをプログラミングして、
簡単な予想ソフト的なものを作ることに
心血を注いでました。
それまでは様々なファクターを自分なりに数値化し、
それを手計算でまとめていたものが、
ある程度は自動計算できる形になりました。
そうなると、今までと同じ時間で予想ができるレース数が
飛躍的に増えるのですね、、、
非生産的な効率化、、、
まあ、当時は嬉々としてJRA3場開催で全レース買い
なんかをやってました。
結果は言わずもがな、、、

Myギャンブル史⑤

クズのような浪人生活の果て、なんとか大学に合格し、
一人暮らしを始めました。
元来、一つの物事にハマりやすい性格だったこともあり、
まずサークルにどっぷり浸かり、
次は学外にできた彼女にハマり、
彼女と遊ぶためのお金ほしさからバイトに明け暮れ、
彼女にフラれると再びサークルに、、、
と学業そっちのけで、これまたなかなかクズな大学生活を送ります。
他のものにハマってる時期は、ギャンブルも控えめでした。
とはいえ、サークルでは狂ったように麻雀をしてた時期もあり、
バイト先の同僚に学生ローンや消費者金融のことを教わって手を出し、
着々とギャンブル依存への道は歩み続けてました。
てか、ギャンブルで借金してる時点で
充分に仕上がってましたね。

Myギャンブル史④

高校卒業後、大学受験に失敗したため、
予備校に通うことになります。
高校時代に遊び呆けてた連中が集まってるので、
気の合うヤツも多く、
結局、予備校通いとは名ばかりの、
予備校でその日のメンツを募って遊びに行く、
といった毎日の繰り返しでした。
そして確率統計、心理学の勉強という建前の麻雀。
麻雀の負けがこんできて、アルバイトを始めるという
浪人生にはあるまじき生活を送ってました。
ややギャンブル依存の片鱗が見え始めた時期ですね。

Myギャンブル史③

17歳くらいの頃です。
自動券売機が徐々に導入され、
原チャの免許を取ったことも相まって、
(競馬場のそこそこ近くに住んでました)
自分で馬券を買いに行く頻度が増えました。
違法なんですけどね、、、

小遣いを何とかやりくりして競馬に費やしていたので、
大負けもしなければ、大勝ちもせず、
当たらずに悔しい思いをしながらも、
楽しんで競馬をやっていた時期です。
違法なんですけどねwww

Myギャンブル史②

競馬に面白さ、奥深さを感じたワタクシは
優駿」という競馬雑誌を買うようになり、
競馬に関する知識を増やしていきます。

また、その頃にスーファミの「ダービースタリオン」が発売されたので、
せっせとやりこみました。

ついには「週刊競馬ブック」を毎週買うようになりましたが、
まだ中高生だったので、おいそれと自分で馬券は買えませんから、
兄や兄の友人が競馬に行くと聞けば、
馬券を頼む程度でした。
買うにしても、G1、G2の大きなレースくらいのものです。

しばらくの間は、こうした下積み(?)生活を続けていました。

Myギャンブル史①

当面は自分のギャンブル歴史をつづっていこうかと思います。
20数年に及ぶので、なかなかのボリュームになっちまいそう。
そして、この内容だけでブログ終わっちまいそう…

まあ、先のことは分かりません。


とりあえずギャンブルとの出会いから。

初めて金を賭けたのは、
シスタートウショウが勝った桜花賞
兄に誘われて、兄に馬券を頼んで買いました。
結果は、、、、、
大外れwww
ビギナーズラック?!なにそれ??
まだ連複馬券は枠連しかない時代で、
ゾロ目の200倍オーバーの荒れ具合やったと記憶してます。
シスタートウショウが思いの外に強かったとか、
イソノルーブルが落鉄からのパニック状態で負けたとか、
これらはまだ理解できたが、
ヤマノカサブランカの2着は、どうにも理解ができず。。。
その謎(?)を解明したい、と思ったのが、
競馬にのめり込む第一歩やった気がしますね。

翌週、トウカイテイオー皐月賞を勝つんですが、
ここでも2着のシャコーグレイドの意味が分からない、、、

こうやって
今後20数年にわたって自分を惑わす
「競馬」と出会ってしまったわけですね。